2009年9月26日土曜日

再現性が乏しいから信用できない?

常温固体核融合の実験に対して、「再現性が乏しい実験など信用できない。そのような実験に基づくのは似非物理だ」との批判があります。一見正論に見えますが、この批判は正しくありません。定量的な再現性に乏しいのは、実験条件や実験環境に不備があるのではなく、常温固体核融合現象の本質的な性質だと考えられているからです。

常温固体核融合の実験に再現性が乏しいと言われるのには、以下の2つの原因があると思われます。
  1. 1989年当時、実験環境の不備や測定の誤りによって、信頼性の低い実験データが報告された事があった。
  2. 常温固体核融合現象は「ゆらぎ」を避けられない「複雑系」の現象である。実験環境を整えたとしても、コントロールできない要因が残っており、本質的に定量的な再現性は期待できない。
1989年のフライシュマン博士とポンズ博士の発表の無茶な要約をすると、「重水の中にパラジウム電極を突っ込んで電気分解したら核融合が起こったみたい」というものでした。一見とても簡単そうな実験条件を見て、多くの科学者が再現に挑みました。ところが、簡単に見えながら、化学実験と核物理実験の両方の知識がいる「学際的」な実験であったため、初期の頃には不備や誤りが多発したようです。ノイズを拾ってしまったり、計測値の読み方を間違っていたりと、それぞれの専門家(化学者または核物理学者)が見れば簡単に分かる話でも、片方だけの専門家だと門外漢分野での誤りを見つけられなかったのです。特に核物理学の世界は、「中性子測定の一流プロ」とか「ガンマ線測定の一流プロ」という数名の人たちがいて、この人たちに頼まないと本当に精密な測定は難しいといった凄い世界のようで、初期の誤りとしては仕方のない面もあったと思います。これが上記の「1.」です。この点については、「再現性が乏しい実験など信用できない」という批判は正しいでしょう。
(1989年の状況については、「常温核融合スキャンダル」を参考にしました)

問題なのは「2.」の方です。1989年当初に再現性が非常に悪かったのは、当時はまだ誰も気づいていなかった隠れた再現条件があったからです。この隠れた再現条件の代表例が、パラジウムの表面の凸凹さです。「ミズーリ大学の固体核融合に関するセミナー」に紹介したダンカン博士のプレゼンに登場するEnergetic Technologies社では、パラジウム箔の表面を超音波加工して荒立たせているようです(「ultrasound-induced surface roughening」)。また、「著名論文誌Physics Lettersに固体核融合(常温核融合)論文掲載」で紹介した荒田博士の実験では、ナノサイズのパラジウム粒子(パウダー)が用いられています。これも表面積を増やし、表面を荒立たせるのと同じ効果を狙ったものだと思います。
パラジウムを使った常温固体核融合現象では、反応はパラジウムの界面(表面)付近で起こる事が観測されています。しかも、全域で均一に起こるのではなく、何かのきっかけで局所的に発生するらしいのです。つまり、非常に微視的な条件(もしかするとパラジウム表面のナノレベルの凹凸の形のようなものかもしれません)が、現象の発生を決定付けているらしいのです。この性質から、常温固体核融合現象には「定性的再現性」があるという言い方がされています。逆に言うと、「定量的再現性」は元々無いかもしれないのです。

この「定性的再現性」については、小島英夫著「「常温核融合」を科学する」に的確な説明があったので引用させていただきます。

P107~P108
■引用開始
2.12 定性的再現性
 フライシュマンたちの実験を1.2節で紹介したときにも述べたことですが、常温核融合現象の実験では、同じ条件(人為的に制御できる巨視的条件)で実験しても、結果がまったく同じになることはほとんどありません。
 得られる物理量「」の測定値「x」は一定せず、得られるまでの時間も不定で、場合によっては一度起こった現象と同種の現象が次に起こるまでに数ヶ月かかることもあるのです。これは、筆者が行った実験での経験でもありますし、親しく交流をもった多くの実験家の経験でもあり、著名な実験家が会議で表明していることでもあります。

 このような経験は、巨視的(マクロ)条件を実験者が設定しても、人為的にはコントロールできない微視的(ミクロ)条件が常に存在し、その微視的条件が現象に大きな(ときには本質的な)影響を与えるときに起こることです。
 また、常温核融合現象では、“原因”である「原子過程」のエネルギー量と、“結果”である「原子核過程」のエネルギー量とに、百万倍(10**6)もの違いがあることが、現象の定性的再現性を際立たせている点も見逃せません。
 定性的再現性の身近な例としては、割り箸を割って出来る2本の箸の形が一定しないことがあります。
 割り箸の外形はみな同じですが、割った結果は同じにはなりません。それぞれの割り箸の木目が違っていることを知っていれば、この結果は当たり前と思って誰も問題にしません。しかし、木目というミクロ構造の存在を知らなかったら、この結果は不思議この上ないことでしょう。
 はじめの形(マクロ条件)が同じなのに割った結果の箸の形が違うのですから、割り箸を割る行為(現象)には再現性がないことになり、科学的に説明できない不思議な現象ということになってしまいます。

 このように、“同じ”(と思っている)条件の下で起きる現象の結果が違ってしまうことは、複雑な系ではよく起こります。このような現象を、「定性的再現性」をもつ現象と呼びましょう。
 常温核融合現象では、同じマクロ条件で実験しても得られる結果は違っていて、事象の起こる強さと頻度は一定しません。箸が二つに割れることはほとんど間違いなくても、割口の形は一定しない(定量的に同じでない)のと同じです。

 「定性的再現性」という考え方(概念)を使うことによって、常温核融合現象の実験結果が整理しやすくなることは、これからの説明で明らかになるでしょう。
■引用終了
如何でしょうか?
「常温固体核融合の実験には定量的な再現性がないから、現象が起こっているとは信じられない」と言うのは、「割り箸を割って出来る2本の箸の形が違うから、割り箸が割れたとは信じられない」と言っているようなものです。常温固体核融合の研究は、「複雑系」の研究だという認識を持った方が良いのです。

まぁ、偉そうに書いてますが、私も調べてみて初めて「定性的再現性」という概念を知りました。こういう事情があるから、簡単には発見されなかったのでしょう。一見簡単そうに見えて、実は奥深い現象なのが面白いですね。

以上

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